劇場版 薄墨桜 -GARO- 感想!

桜の下には悲しみが眠っている


アニメ劇場版シリーズ第二弾

 ということで2015年から2016年に展開された牙狼アニメシリーズの第二弾にあたる「牙狼 -紅蓮ノ月-」の劇場版の作品である。この作品も含めるとアニメシリーズは劇場版もやるという構図にはなるから、つまりは第三弾の劇場版も十分にあえりえるということそしてアニメシリーズ第四弾と続いていくのではないのだろうかと思えるけれども。

 なぜか「牙狼 -紅蓮ノ月-」の劇場版と言うタイトルではなく牙狼のみを残して「劇場版 薄墨桜 -GARO-」としての劇場公開となっている。 スタッフも総入れ替えに近い状態になっているのも作品タイトルが変わっている大きな要因の一つだろうと感じられるところではあるかな。

 紅蓮でシリーズ構成だった井上さんはソードガイとかあって脚本に携われなくて、會川さんがアニメ脚本ほぼ引退なのと井上さんがやらないならばというところかなぁ。だからこそ2人からの白羽の矢が立ったのが小林さんだと感じられるところではある。
 
 監督や脚本スタジオと言ったメイン処が入れ替わってしまった本作品ではあるが、そこまで演出や脚本・キャラクター的にTVシリーズと変わったところはなかったかなと思えるところではある。それこそ劇場版としての紅蓮シリーズの集大成的な作品と言うわけではなくてあくまでTVシリーズの延長線上つまりは第26話目として作られているような印象が強い作品となっているように思えた。 シリーズの要素を大きく変えてしまうのではなくてシリーズとしてちゃんと今まで通りの展開をするというか受け継ぐというかそんな感じには仕上がっているかな。

 キャラクターもいろいろとバンバン登場させるのではなくてあくまでメイン処を絞って分かりやすく展開させていたように感じられるところだ。この作品のテーマも含めてその辺りかなり分かりやすいように仕上げられていたと感じられるところが印象的なように思える。
 アクションシーンは劇場版と名の付くだけあって力のあるものになっていたように思う。もっとよりシーンがされ枯れていたらよりよかったかもしれないがその辺りは尺の都合と言うところもあるかなぁと思えるところではある。

 本作品の主役は星明と道長だったように思う。星明の存在が物語全体を俯瞰的に見る為に使われていたように感じる。それこそ生命の存在がより雷吼が一体どういった人間であるのか?と言うことが、そして魔戒騎士としてどういった存在なのかということが強くい押し出されたように感じられるところだ。 出番的に割喰ったのは保輔かなぁ。その分雷吼にケリ入れたわけではあるが…。

 本編でも黒幕のように暗躍し自らの欲望を吐露していった道長は本作ではよりラスボスに近い形での登場となっている。TVシリーズでは彼をどうにかこうにかするということはやらなかったからこそ本作の物語が生まれたという部分もあるかもしれない。 復讐されるものとして描かれる彼の姿は星明が言っていた通り火羅よりも怖いものは人間であるというところをより強くしたような存在に仕上がっていたように感じられるところではある。ある種最後まで悪役で居続ける存在であると実感できたと同時により恨みつらみを受けても生き残ることになるのだろうと思えた。

 1作目の劇場版とはまた趣向の違う牙狼シリーズの劇場版だったように感じられるところだ。ほんと26話目で27話目があるかのような感じがした作品だったように思う。
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