映画 詩季織々  感想!

ひまわりの下できっと君と出会っている

昼間から酒を飲むな!

 →即寝落ちと言うコンボを発動するぜ!と言うことで絵梦×コミックス・ウェーブ・フィルムの日中共同短編アニメーション作品である「詩季織々」見ました。 新海監督の「秒速5センチメートル」を見た李監督が感銘を受け制作を担当したコミックス・ウェーブ・フィルムに2013年から制作の打診をし続けて5年の歳月を経て製作・公開に至った作品となっている。

 新海監督の作品を担ってきたコミックス・ウェーブ・フィルムだからこそ出すことができる背景技術と新海監督の技術的要素や演出要素に強い影響を受けた監督たちが織り成す3つの短編作品集。 短編作品で日中共同作品がこうして強く生まれ始めているということはそのうち長編劇場版もこういった形で織りなされることになってくるのかもしれない。

 新海監督は「秒速5センチメートル」を見た人が元気になってほしいと思って制作したと仰っている。それが現実的に可視化されたというかその元気になってほしい気持ちが波紋となってこの作品がその波紋から生まれたと感じられるところではあるかなと思う。波紋はゆっくりとそしてじっくりと世界に浸透し共鳴し一体化するのであるから、そう考えると5年と言う月日が掛かったのもこの作品が新たな波紋を生み出す為でもあると同時に世界に秒速で生まれた共鳴が浸透していることを感じさせるように思える。

 構成としては全体を繋ぐ特別映像を冒頭とラストに置く形で「陽だまりの朝食」→「小さなファッションショー」→「」と言う順番で展開されていく作品となっている。中国の3つの年を舞台に展開されていくがそこに中国の意味合いは大きいけれども日本の意味合いとしては文化圏の違いもあるがちゅごく版よりは小さいと思う。

*陽だまりの朝食

 毎日のように祖母と食べていたビーフン。初恋の思い出の味がするビーフン。そして都会の味気のないビーフン。 とある青年の少年時代から食べてきた朝食を中心に置きながら、青年の心が解き明かされていく話。

 思い出の味と言うものはどんな美味しいものにも勝つことなんて出来ないのかもしれない。それを実感させるというか過ぎ去っている日々をこの手に掴もうとしても、手から砂のように落ちて無くなってしまう。祖母との別れもその一つ。過去を求めたとしても結局は過ぎ去りし日々を取り戻すことは出来ない。

 それをどのように受け取るのかは自分次第ではあるけれども、この作品はオマージュとしての所も強くしつつ最終的に前向きを選ぶ形になっていたように思う。 3つ全ての作品で示されることではあるけれどもそこは全体に念頭に置かれているのかなと思えるところではあるかな?

 *小さなファッションショー

 ファッションモデルとその妹の物語。 一番強く家族の話が出ていたように感じられるところではあるかな。働く姉と学生の妹。小さなファッションショーがどのように行われることになるのか?と言うのは読みやすいけれども、物語上での展開は想像外だった。でも洋服が姉妹を繋ぐ絆と言う形であらわされているようにも感じられる。

 衣服が紡ぐ関係性。2人が目指したものと言うか思い出。今に疲れたからこそ昔がまぶしく見える。未来を考えるからこそ今を頑張らなくてはならないと焦ってしまう。その焦りが姉妹を渦の中へと入り込んでしまうきっかけを作ってしまう。 姉が見ていないときは妹が見ていて、妹が見ていないときは姉が見ている。

 誰のために光り輝く場所に居続けるのだろうか?気負っていたものを片付けた時に、本当に自分の求めていたものが分かる気付く。きっと太陽の方を向くひまわりのようにその気持ちを夢に向かい続けた気持ちを逢忘れなければずっと輝き続けることができる。

 *上海恋

 過去に残した思いと声が今に届いたとするのならば…。カセットテープと言うギミックをうまく使った作品であると思うこの作品を企画した李監督が直接監督を手掛ける作品でもあるので、この作品が一番新海監督の影響を受けていると言えるところはあるだろうと思うところではあるかな。

 すれ違いの要素も小物をギミックとして使うことも含めてだけれども強い影響を受けて作られた話であるとみれば見るほど実感する話になっていると感じられるところだ。 カセットテープと言うところが一番のミソと言うかたくさんの思い出を過ごした場所でたくさんの思い出を大切な思いを残したものを聞く。ノスタルジックでもありより繊細に感情表現をするために使われていたように感じられるところではある。

 直接的な言葉としては伝えることは出来なかったけれども何かを介しては言葉を伝えることができる。時間はかかったけれども伝えられた想いを受けた時人はどうその思いを受け取るのだろうな。
 
 特別映像を使って3つの短編を一つの物語としているところはあると思う。でもそれぞれの思いがどこかで通じ合ったりするように、すれ違った人々にも物語が存在する。

 これはひまわりのように太陽の方を向き続ける人々の物語なのであると思う。
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