映画 メアリと魔女の花 感想!

過ちと贖罪の花

ジブリへの三行半的な

 ジブリ解体によってジブリを出ることになった米村監督と西村Pによる新期スタジオ「スタジオポノック」による長編作品作品「メアリと魔女の花」見に行ってきました。 ジブリの血を強く受け継ぎつつもジブリではない作品。そういった意味ではほとんど初めてのジブリノ直系の(子ども)のスタジオ作品となっている。

 ジブリ作品へのオマージュを多く感じる作品ではあった。どれだけ多くのジブリ作品を見ているかによってどれだけのオマージュに気付けるかというのはあるかと思うけれども、大元の作品にそれこそ「魔女」がいる作品が選ばれたのは魔女の宅急便があるからこそではあると思うし、メアリがシカに乗っているシーンはもののけ姫のヤックルとアシタカに見えて仕方なかった訳ではある。

 ジブリへの要素や作中の言葉とか、作中の登場人物とかをいろいろと考えるとある種のジブリへのアンチテーゼというか三行半を感じる作品に感じられたところではあった。この作品の魔法はそれこそジブリそのものであり、魔法なんていらないというメアリの言葉はジブリへの一つの言葉かなと。 
 登場人物的に言えばメアリは米村監督であり、ピーターは西村P、マダムは駿監督、ドクター・デイは鈴木P、フラナガンは高畑監督に感じられて仕方なかった。シャーロットは誰かというのは迷うところではあるのだけれども近藤喜文さんか吾郎さんかなと考えている。

 そんなスタジオの最初の作品に魔女が関する作品が選ばれたのは運命ではあるともいえる。最初から魔法使いではなくそれこそ魔女の花によって力を一時的に得たというのも。

 アクションシーンやそれこそ強いメッセージ性を別に持っている訳ではないけれどもこの作品で一番に力の入れられていたと個人的に感じられるところはやっぱり動物ではあるかなと思う。赤毛のサルは人間的ではあるけれども、それ以外の動物たちの迫力のある動きというか自然な動きと言うのは追求されていたと個人的には感じると思う。

 メアリは嘘をついたことによってピーターは事件に巻き込まれていってしまうわけではあるしマダムもドクターも自分自身の目的にしか興味のないというかそれしか顧みない存在ではある。魔女の花がそうさせるものを引き付けるのかまた逆であるのかは闇の中になるわけではあるが、そういった日常的な罪を犯した者たちが多く登場しているのが特徴的であると感じるところだ。
 
 メアリがしたことを考えると割合軽く流している感があるピーターが聖人君主に見える面も少なからずあるところ。これも魔女の花という宝に魅入られた人間とそうでない人間の違いではあるのかもしれない。

 メアリとピーターそして箒くんやティブとギブは掘り下げが出来ていたと思うのだけれどもドクターやマダムのその後と言ったところはもう少し描写が欲しかったかなと感じるところではある。演出や物語そのものもそうだけれどももっと突っ込んだところは欲しかったかなと感じたかな。

 新しい子供の作品は小さく丸まっているように見えるけれどもよく見るとざらざらしているという感じで設定や登場人物的に言えば短編小説のようにこじんまりしていて見やすくなっていると思うのだけれども、よく見るともっと磨けばいいところがより出てくる作品になっていたと感じられるところではある。

 有名タイトル制作ともなるとEDクレジットがすごい賑わいになるのを見るアニメを見るうえでのちょっとした楽しみであったりする。本作ではカラーが製作委員会に関わっていたりしてなかなか見れない参加者・企業構成であったと思う。
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