サクラダリセット 10話 「MEMORY in CHILDREN 3/3」 感想!

花びらが再び咲き誇る時

どちらでもない自分自身

 菫の復活。復活と呼べるものであるのだろうか?蘇生なのか。彼女が戻ってきたという表現が一番しっくりくるのもこの作品らしさと言うべきところではあるのだろうか?復活の手段がそれこそ死腰ルートから外れているからこそ一番しっくりこないようでもある一因になっているのだろうと。

 アニメ的に考えると菫の復活はそれこそ物語のレールの中の駅にとまったかのような演出がなされているよなぁ。あくまで途中下車したからこそそこに菫の復活というものが存在したという感じで盛り上がるというよりは普通の出来事のように流されていたように感じられるところではある。それがアニメ的にいいのかと言うとも少し盛り上げてもよかったかなぁ。その為のピースが足りないからそこまで盛り上げなかったとか?

 復活した菫は何者であるのか?本当に菫であるのかどうかのかそれを決めるのは本人でもあり周りでもあると思う。スレ身がそうであるといえばそうであるしそうでなければそうではない。そして周りがどのようにすると同様にどちらにでもなると。

 次回 「ある日の春埼さん」
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