実写映画 サクラダリセット 後篇 感想!

その涙を救う為に

実写版完結章

 ということで「サクラダリセット後篇」見に行ってきました。前篇公開が3月25日、後篇の公開が5月13日ト前篇後篇連続公開ものには珍しく2か月の空きがあっての後篇公開となっている。連続公開にならなかったのはメディアミックスとして展開されているTVシリーズとの兼ね合いもあるからだろうか?TVシリーズ前半の構成を見ると金愛しているように感じられるところが強いのでそうした公開順になったのではないのだろうか?

 前篇では「相麻菫」の復活まで、つまりは全7巻中3巻部分までが描き出されたわけではあるが、今回の後編ではラストまで7巻まで描かれている。短編巻は排除されているけれども流石に残りの物語部分をこの劇場版で展開しつくすにはかなりの苦労があったと感じられるところだ。物語りの舞台も人物も広がり多くなることによって一筋縄ではいかない物語が展開されるわけではある訳で。

 実写映画版の後編では大きく分けて2つの物語が展開されている。『浅井ケイと相麻菫そして春埼美空』の物語と『能力者を消そうとする管理室室長の浦地正宗との戦い』の物語り。この2つの大きな柱がお互いに絡み合いながら一つの終着地点に向けて物語が紡ぎされている。

 管理室室長である浦地正宗。ケイが対抗する人物でありある種この作品最大の壁となる存在。能力者でありながら能力を憎むそんな彼はある意味ラスボスにふさわしいというか心を掴ませない人物だったように感じられる。決して自らの意思を変えることなく能力社を一掃しようとするその姿と言葉はある正義出会ったように感じられる。ケイが彼の攻略を諦めたのも頷けるように感じられるところ。

 ケイとの対峙が終わった後でもすべてが彼の負けという訳ではなく妥協点を作り出されてところに乗ったという形にはなっているし正宗的にケイとの対峙は負けて終わったわけではなく一旦退いたという形になっている。それだけに彼はサクラダにおけるもう一つの正義ではあるように作られたキャラクターのように感じられるところだ。

 ケイを巡る菫と美空の関係性。友人でもなく知り合いという関係性が2人の接点でありつかず離れずの距離感。ケイを巡る関係性は何とも言えないというか完全にケイに託されている部分ではあると思う。ケイへの美空への思いがそれ本物なのかというのはちょっと疑問符というかそれこそ美空に言っていた必要だからこその思いというのもあるのではと感じる。
 逆に言えば菫の方がケイが感情をあらわにするシーンが多いように思うし友人以上の何かをケイからも菫に対して感じているのではないのだろうかと思う。菫への直接的な言葉自体ないものの親密度としては高いように感じられるしお互いにその答えを求めあっていたようにも思う。

 恵とかいてケイ。ケイは家族の記憶は持っていても家族はケイの記憶がない。ケイの家族関係と正宗の家族関係は似ていたように感じられるところだ。親の愛情を受けることが出来ていなくてもケイは能力を憎むことはなかったが正宗は憎んだ。ケイは弱さを持っていたが政宗は弱さを持ち合わせていなかった。お互いに望まれて生まれてきた。2つの能力とサクラダの始まりは街にとって能力にとって許容量よりも大きかったように感じられた。だからこそこの2人がガス抜きの役割を果たした速ねんっもあるのかなと。

 2つのメインの糸があるのならばそれの周りはやはりしいさくなる。人から街へと視点の対象が映ることによって少しケイの周りを掘り下げる友人たちを掘り下げるという意味ではもっと掘り下げられたり描写が合ってもよかったかなと。どうしても菫や正宗に寄らなければならないのだから致し方のない部分ではあるのだけれども、もっと事前的にメンバーが集まる前辺りに描写は合ってもよかったかなと感じるところではある。

 こうして前篇後篇を見ると一つの物語として組み立て上がっている作品だなと感じるところだ。作品として組み立てた後に0に分解してそこからまた設計図通りに組み立てている。 そんな作品であると感じられたところだ。
 だけれども完結が完成ではなくそこからまた作りつづけられていくそんな作品であったと感じる。
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