実写映画 3月のライオン 後編 感想!

きっとその場所が心地よくなる

実写映画3月のライオン完結編

 ということで2部作の後編となる「3月のライオン 後篇」見に行ってきました。原作が当初予定していたラストを描く作品となっており3月のライオン関連シリーズの最初の完結作品となります。前篇ではそのままTVシリーズ1期部分が展開されたわけだけれども、2期ではそのままこの後編が展開されることになるのだろうか? 完結の為のラストシーンに関しては分岐点からTVアニメシリーズとも袂を分かつことにはなりそうではありますが。

 前篇では零の将棋がメインとして描かれるシリーズではあったと思うけれども、この後編ではどちらかといえば零の将棋中心というよりは川本家の物語になっていたように思う。川本家が自分の家を守る行動そのものが零に勇気を与え零の居場所を作り上げる。そのことに対して零自身が気づくまでの物語が展開されたように感じられるところ。

 ひなたが学校で受けたいじめ問題、失踪していた川本家父の帰宅、正宗の妻の死等々センセーショナルというか精神的に重く圧し掛かる展開を重点的に描いた作品でもあったように思う。その中で冬司という名の怪物を自分自身の中身を映し出してくる怪物との戦うことになった零が再構築していき自分自身を見つめ直す。そんな物語りであったと感じるところだ。

 特別興行対局とはいえこんなにも早く冬司と零が対局することになろうとは思っていなかったけれどもそれでも零が自分自身を見つめ直すには必要なプロセスだったように思う。自分自身が生き肉為にしてきた戦いを誰かを守るためにしていく為のプロセスでありさらに強くなるためのプロセスであると感じられるところではあった。

 ひなたがいじめられていたことをかばったことによって降りかかってきたいじめ。原作者の姪っ子が実際に受けたことを元に作られた部分であるそうだからリアルっていうか胸糞悪い。見ているこっちの方が感情でくらくらしてきそうな感じではあるところではあるし、いじめをある意味見過ごしてきた教師が最終的に切れたことによって学校側が本腰を上げていじめ対策に乗り出すというのもなんだかやりきれない話ではある。
 ひなたがいじめから友人を救い出し尚且ついじめに対して向かっていくそれに対しての行為にひめるというのはなかなか出来たものではない様に感じられるところ。それが出来るじいちゃんもすごいわけではある死、ひなたの行動が間違っていないことの証明にもなりつつある種心を救う一つの手段であると感じらえっるところではある。

 川本家の父親騒動もなかなかである外で家庭を作ってきた男の突然の帰宅。打算の歩きたくは川本家どころか零も巻き込まれていっての一大騒動になったわけだけれども、自分の居場所を守る選択ことが零の居場所を見つける選択に繋がっているように見せる物語に仕上がっていたように感じられるところではある。
 父親騒動にいじめ問題亜家族そのもの形態在り方として零と幸田家と川本家は対比に使われているように感じられるところではある。これは最初期からの事ではあるけれども改めて強く出たように感じられるところではあるのだ。

 原作と映画の分岐点として正宗の妻の死がそのの分岐点になっている。それはある種外見から人間らしさを感じられない存在の人間らしさ。妻に寄り添う男でありつつも勝負の世界に居続けようとする男の姿。家族関係には香子も絡んでくるわけではあるので複雑ではあるのだけれども、映画として見せた部分には弱さも持ち合わせている部分が描かれたように感じられるところではあるのだ。

 零が強くなっていくことによって歪んだものが変わっていく。幸田家との繋がりが変わっていくまだまだ地雷を完全に取り除くには時間がかかるけれども改善していく為の一歩は得た。それは気付かなかった将棋が好きであること将棋は何物も奪わないことの表れでもあったのかもしれない。

 零のひなたに対する婚約問題とかどうなった?(状況的に見て破棄された?)というところもあるがこれは零が将棋を好きであることを生き抜くためにしかたなくしてきたものを好きであると実感するための物語であったのだろうと感じるところではある。
気付けなかったものに気付くための物語それこそが3月のライオンであったと思う。
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