映画 CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第三章 感想!

進化を超える加速の頂点へ

009OVAシリーズ最終章

 ということで3部作作品のラストを飾る「CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第三章」見に行ってきました。ブレスドとの最終決戦が描かれる本作はバトルよりもどちらかといえば009の使命の方にスポットライトを当てた形になっていると思う。人類の進化に伴っても009はどうしていくのか。どうしてそこまで人間の為に戦うつづけるのかその覚悟が示されたのが本作であると感じるところだ。

 009シリーズらしいと言っていいのかは分からないけれども、シリーズが通して訴える人の心や正義の使命の意義そして命そのものに対するメッセージ。お弟子さんによって構想ノートから完結さくは描かれたけれども、未完の作品としては間違いないわけでそれでも仮面ライダーなどを作った石ノ森先生だからこそできる作品でもあると感じるしそのテイストは平成以降20世紀のサイボーグ009シリーズでも受け継がれているのではないのだろうか?

 ブレスドというよりはエンペラーとの最終決戦。能力をコピーする能力を持つエンペラーはまさに最強と言っても過言ではない存在なのかもしれない。人類そのものをリセットすることによって新たなる自分の理想とする人類に作り替えるように動いていた彼ではあるが、3000年という長い時間を生きてきた彼でも「孤独」には打ち勝つことが出来ないとは。そこには3000年生きようともブレスドの仲間がいたからだろうし、人間に対して敬われるからこそ彼は自分の存在意義を見出していたかもしれない。
 平成版の使命者(ジョー)が人に絶望し人を殺すことで救済しようとし、孤独に絶望するというのもなんだか運命めいたものを感じるところではある。

 チーム全体の活躍が描かれるというよりはメイン勢と脇役魂勢に活躍度合が割り振られていたように感じるところである。009・001・002・003・004チームと005・006・007・008のチームに別けられたように感じるところ。前者は活躍度合が大きいし時間も割り振りが大きかったように感じるし、後者は個別の活躍時間が少なかったし戦闘シーンも一気に纏められてしまっていた印象である。 

 もう脇役チームは脇役であるであることを自虐してきてしまったし。いつかTVシリーズが再び作られることがあるならば彼らにもより光を当ててほしいと感じるところではある。なかなかその能力的に活躍を作りにくいところは十分にあるとは感じるけれどもだからこそ彼らの力が見たいところだ。

 002や004はそれぞれ個別の活躍シーンがあるし、001が中核を担ったストーリーテラーだし、003には専用のバイクが用意されていたしチーム内格差が一番デカかったようにも感じられるところではあるかな?これも能力差とヒロイン力の違いによるものではあるのだろうか?

 ブレスドの戦いによって、002は消息不明、004は消滅、009は次元の彼方へ行ってしまうし、このあとどうするんだろうってなくらいに00ナンバーは大きな深手を負ってしまったように感じる。でもみな無事な状態で事件を終わらせたのは「VSデビルマン」の時くらいだし、ラストには救済措置もされているからそこまで悲観することではないわけではあるけれども。

 自らが傷ついても、力を失ったとしても、とてもじゃないが敵わない相手だとしてもどうして00ナンバーのサイボーグたちはそれでも人類の為に立ち上がっていくのか?をテーマにしてそれを描き出した作品であったように思う。だからこそ一度人間に変える必要性があったのだと感じる。その答えは今までもこれからも人類の為に戦ってきたサイボーグだからこそ出せる答であったと感じるところだ。

 009 RE:CYBORGからのシリーズは全て劇場上映作品となっているがそろそろ新たなTVシリーズがあっても良いころではあるのだけれども、見られるだろうか?新たなシリーズの展開はどうなるのかは分からないが新たな起点となる作品ではあったと思う。
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