3月のライオン 6話 「神様の子ども(1~3)」 感想!

子どもの居場所

自分の居場所

 まるで波が襲寄せるかのように話数によって激しく心情が揺さぶられた徒思ったらその次ぐには穏やかな波になってかと思いきやまた大荒れの波がやってきてと安定した雰囲気というものを持ち合わせていない感じだ。心に穏やかなる瞬間はひと時でいいのかもしれないが。ものとしてそこに一本のテーマは存在しうるのだろうか?それがあってもまがっていないだろうか?

 何もできない天才。それは天才と呼べるのかは分からないけれどもそこに自分自身を求めてはいけない自分の居場所を求めても自分自身が納得できなければ居場所ではないかもしれないが実は居場所を求めた時点でそれに気づいた時点で今の自分自身がいる場所というものは見つけていて尚且つ形成しているのかもしれない。それに気づくのは本人ではなく周りというのが子どもらしさであり大人との違いなのかも。

 等身大の間まで恥を嫌う大人ではないのだから自分のままでいい。自分自身ががんばれることを頑張ればいい。零にとっての川本家はそれを教えてくれる存在例が失ったものを持っていて取り戻してくれる存在であると思う。

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