キズナイーバー 10話 「好きな気持ちがむくわれないかもなんて重々承知の上だろ?」 感想!

涙の中に詰まったもの

これは否定なのだろうか?肯定なのだろうか?

 この作品も迷家も心のに関する物語が展開されているのが特徴的でありリンクしていることを意識させてくれる。個人的にはこの作品はニュータイプ理論を否定しているように前回まで感じていたのだけれども今回を見ていると最終的に肯定も入るんじゃないかなと感じる。分かりあったからといって争いがなくなるわけじゃないけれども分かりあうことで得られる物もアル的な結論になるんじゃないかなと思う。この作品の想いも迷家のトラウマもガンダムにマリーが関わったからこそ生まれたようにも感じる。

 ついに明かされる法子という人。一人でキズナの力を引き受けていただからこそ大人たちが必死こいてキズナの力の新たな可能性を見出して法子を救い出そうとしていたわけか。でも今までを見るに法子はもはや達観してみている節は感じられるからもう痛みながくなることではなくて別の意味合い(死)を持っての解放を望んでいるようにも感じるところだ。

 感情があっても痛みを感じる、なくても痛みを貰う。人間ってとことん不便な生き物だよな。意思の疎通に進化を傾けたからこその結果ともいえるところではあるけれども・・・。だからこそこのシステムを持って人はどうやって進化変化していくことになるのか人はもう一段だけ階段を登れるのかな?

 次回 「いちいち連絡しあって気持ちを確認しあわないと。だって友達なんだから!」
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